2009年4月
どのアミダ様がひいおばあちゃん?
「中尊寺の阿弥陀様に会いに行こう!」と4歳の念々(娘)を連れて、世田谷美術館『平泉』展へ行った。
先日亡くなった祖母について、念々に、「ひいおばあちゃんは阿弥陀様になられたのよ」と話していたためか、
「みーんな、いーっぱい、ひいおばあちゃんの、アミダ様、見てたね。」
と嬉しそうな念々。終了間近で大盛況だったのだ。
「でも、どれがひいおばあちゃんのアミダ様???」
沢山の仏像さまを拝見して念々は少々混乱気味である。
「こういうやつ?こういうやつ?」といくつかの仏像のポーズを真似てみせた。「念々はこういうやつがいいな。」と浄興寺の阿弥陀様(来迎印)のポーズをしてみたり。
住職が、
「全部の阿弥陀様がひいおばあちゃんでもあるのよ。東西南北上下、至るところに、恒河沙(ガンジスの砂の数の如く無数)の阿弥陀様がおられるのよ。」
と答えると、
「じゃあ、アミダ様を包丁で切って分けちゃったの?」と聞いてきた。どうやら、沢山の阿弥陀様と聞いて、ケーキを切り分けるのをイメージしているらしい。
それに対して住職は、
「仏さまは、本当は目に見えないんだよ。」と答えていた。
仏像というのは仮のお姿であり本当の仏さまは“はたらき”である。わかりやすく例えるならば、万有引力。目に見えなくても必ず「ある」もの。
“はたらき”も“還相廻向”も4歳の念々には難しかったようだ。当たり前か。
仏さまの“はたらき”や、人の気持ちなど、目に見えないものを大切にできる感性を育ててやりたい。あらゆる子どもにおいて。
合掌 坊守―住職の妻―
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浄興寺 花まつり
先週の土曜日は浄興寺の花まつりだった。
毎年、花御堂を仏具屋さんが貸して下さるので、小さな拙寺の誕生仏(お釈迦様)も見栄えがする。
花まつりといえば…甘茶作りには毎年苦労する(茶葉は漢方薬屋さんでお取り寄せ)。
熱湯に適量の茶葉を入れると数十秒で甘みが出てくる。ところが、もっと甘くしようと茶葉を取り出さずにいると、たちまち苦味に変わってしまう。
臆病者の私は早めに茶葉を出した。何だか間抜けな味になってしまった。
他のお寺でいただくような、深い甘みのある甘茶を入れられるようになりたい。
それから、浄興寺の花まつりも子どもたちの集える法要にしたい。
住職と考えていこうと思う。
甘茶をいただきながら茶話会。二杯目ほうじ茶にする人続出…おかわりしたくなるように精進せねば。
先日芽吹いたケヤキの盆栽も順調に葉を大きくしています。
合掌 坊守―住職の妻―
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おばあちゃんのお葬式
おばあちゃんのお葬式を終えた。
死化粧は家族にして欲しい、という遺言から、娘(叔母)・嫁(私の母)・孫達(私達)が化粧道具を持ち寄り、ほどこした(とても綺麗になった)。
また、あたしが死んだらお経は孫婿に、という遺言から、住職導師のもと、親戚一同がお経本を一生懸命見ながらお勤めをした。
「通夜・葬儀は、亡くなった者だけのためにあるのではなく、生きている私達が仏法をいただく機会でもある」という住職の信念に同意して、会葬者全員に読経と法話が終わるまで着席していただいた。
久しぶりに会う親戚や町会の方々が皆温かな表情をして帰られたように感じられ、嬉しかった。
ただ、今回の葬儀を担当してくださった葬儀屋さんがおばあちゃんの遺影や法名立てを片手でぞんざいに扱う姿は(親戚一同が見て気になりつつも黙っていたが)不快だった。
最後、喪主の父が挨拶をした。まず、地域へのお礼。そして最後は、「皆で助け合って生きていきます。」と締めくくった。
そうだ。決して高望みをすることのなかったおばあちゃんのことだから、子供や孫達が「助け合って生きていく」ことを一番願っているだろう。
大きなことを成し遂げることよりも、身近な人を思いやり助け合って生きること、それが一番大切なことだと思った。
南無阿弥陀仏 合掌
坊守―住職の妻―
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遅かりし・・・(09.04.17)
遅かった!
間に合わんかった。
何だかんだで、見過ごしてしもうた。
・・・お花見・・・
(実際は桜の花なぞ、ほとんど見ん。)
(「花見」っちゅう言い訳で一杯やるだけなんじゃが・・・。)
(八重桜なら、滑り込み出来るか?)
来年こそは、リベンジじゃ。
待っとれよ!春!
合 掌
還相廻向(09.04.10)
坊守さんのお祖母ちゃんがご往生なされた。
いとおしいお祖母ちゃんじゃった。
孫婿のワシにも、そのあったかさは十分過ぎる程に伝わって来んさるお祖母ちゃんじゃった。
ある先生が、いとおしい方の往生を、「悲しいけど、さみしくはない」と仰った。
その言葉が、心に沁みるんじゃ。
合 掌
浅草生まれ
父方の祖母が先ほど亡くなった。87歳。
今月5日の日記が残っているので、本当に急なことだった。私が最後に会ったのは、お正月か。
いわゆる内孫(二世帯住宅だが)だった私は、本当に身近な存在だった。
坊守になってから初めての身近な人の死である。
悲しいし寂しいが、胸が裂けるほどではなく。
涙が止まらないが、嗚咽というよりは、静かにぽろぽろと大粒のものが落ちるというかんじ。
おばあちゃんは仏さまになられた、とすんなり思えた。
おばあちゃんは、大正時代に浅草に生まれた。母親(つまり私の曾祖母)は娘義太夫だったらしい。その影響か、芸事が好きで、私も小学生の時分に踊りや民謡を教わった。
関東大震災で三ノ輪に逃れ、戦争で亀有に逃れ住んだという。大変な時代を生きたと思う。14年前に亡くなった布団職人のおじいちゃんを支え、慎ましい人だった。
私達孫にとっては、いつも優しい絵に描いたような「おばあちゃん」だった。二の腕や腿がやわらかくて、なすの味噌煮や肉じゃがが上手で、入れ歯をはずして絵本を読んでは私達を笑わせた。
雲が好きで詩的なところもあり、里見浩太郎や氷川きよしやSMAPが好きでミーハーなところもあった。
やはり、「ひ」がうまく発音できなかった(江戸っ子だね)。
おばあちゃん、ありがとうございました。
お浄土で阿弥陀さまとひとつになられて、もうすでにこちらに還ってきて、生きている私達に、はたらきかけておられるのかな。
南無阿弥陀仏
合掌 坊守―住職の妻―
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花まつりとバオバブ
いつも大変お世話になっている佐倉のE寺さんの花まつりへ。
花まつりとは、お釈迦様のお誕生日のお祝いで、子どもたちが中心となるお祭りである。
お寺に子どもたちが集う風景はなんともいいものだ。
お寺に子どもたちの声が響きわたるのはなんともいいものだ。
誕生仏の頭上に甘茶(お釈迦様が誕生された時に降った甘露の雨を意味する)を注いだあと、甘茶をいただく念々。
「ののさま」と書かれている!子供たちは仏さまのことを「ののさま」と呼ぶ。
午後の法要中、子供たちは庫裏で工作時間。誰よりも熱中している私を撮影したのは娘の念々。
その後、住職と念々を残し、私だけ先に失礼した(E寺さんにはいつもご迷惑をおかけしています)。
そして、映画「バオバブの記憶」を観に東中野へ。
アフリカ・セネガルの村の大家族の日常を撮った記録映画。樹齢何百年何千年というバオバブと共に生きている人々。大地を耕し雨を待つ姿、純粋な樹木(精霊)信仰の姿に、普遍的なヒトの営みの原風景をみて感動した。
ちなみに右のポスター「小三治」は先日観た。高座から下りている時の小三治師匠はインテリで可愛く何より粋で、益々ファンになった。素晴らしい記録映画を上映し続けているポレポレ東中野。来年秋には友人の作品(「祝の島」)も公開予定だ。
合掌 坊守―住職の妻―
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3センチ角の生キャベツ
念々(娘)には好き嫌いのない子供に育って欲しいと思いつつ毎日の食生活を送ってきた。
特に、野菜好きになって欲しい、と願って。
結構苦労した。
その結果↓。
角切りキャベツをバリバリと!!
ある日突然生キャベツブーム到来。毎日、3センチ角の生キャベツを、バリバリムシャムシャ食べる食べる。決してここまでは望んでいなかったのだが。
今日なんて、住職が夕飯用に下準備しておいてくれたキャベツまでバリバリと…。(食べないでぇ~・・と住職の悲鳴)
お行儀の悪さを注意しなければ、と思いつつも、念々が野菜を食べる姿は嬉しいもので。
あと2切れ食べたらとめよう、あと1切れ食べたら注意しよう…、となかなか止めさせられない。
最近は「これはなんか甘い。これはなんか苦い。」と生キャベツを批評する念々。
素材の味のわかる人になって欲しい。食べ物以外でも。
合掌 坊守―住職の妻―
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