坊守(ぼうもり)―住職の妻―の日記

寺族女性研修会

寺族女性研修会(各寺の坊守を主とした勉強会)に参加した。場所は築地本願寺。

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研修会のご講師は、本多静芳先生。講題は「痛みと安らぎ」だった。

―私たちは無意識に他人を裁き、見下し、責めてはいないだろうか。自分さえ良ければと思ってはいないだろうか。

お念仏を称える、つまり、仏道を行ずるということは、そのような自分の「我」や「自己中心」に気付かされることである。

気付いたところに慚愧(ざんき:自分を恥じ入る気持ち=痛み)が生まれる。慚愧があってこそ歓喜(喜び=安らぎ)が生まれる―

このようなお話だった。

仏さまの「はたらき」は、浅はかな私にも慚愧を生じさせる。そしてまた、慚愧が歓喜に転じるところにも、仏さまの「はたらき」があるのだろう。

この「はたらき」というのは、決して啓示的なものではなく、ごく日常の出来事・ご縁の中にある「気付き」なのだと思う。お浄土に往生するその時まで、一生、愚なる自分に気付かされ続けていくのが人間なのだ。

だから、何気ない日常を大切に誠実に生きたい。

研修会後は、J寺坊守さんとM寺坊守さんと打ち合わせがてらお茶をした。しかし私的な日々の迷いなどを聞いていただいているうちに月が出てしまった。

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帰宅が遅れて住職に叱られるかな、と思ったら、夕飯を作って待っていてくれた。叱られると思った私の心は、なんて小さいのだろう。

012 タコ飯やサンマの中華風煮など。

料理の腕前をメキメキ上げている住職。

合掌   坊守―住職の妻―

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お誕生日カード

念々(娘)宛てにお誕生日カードが届いた!

ロンドンに住むお友達・エリーちゃん(私の同級生Lさんの娘さん)からだ。

念々とエリーちゃんは同い年ということもあり、Lさんが日本に帰省した今年の夏、一緒に絵本の原画展を観に行ったらすぐに仲良くなった。

044 池の中にメダカ発見!!

(右:エリーちゃん、左:念々)

エリーちゃんのお母さん(Lさん)とは高校からの友達。

在学当時、こうしてお互いの娘が手をつないでいる姿なんて想像すらしていなかった。

時間というものは不思議だ。縁というものは不思議だ。

ひいては、人生そのものが不思議だ。

エリーちゃんからのカードをしみじみと眺めて、しばらく感慨にふけってしまった。

Photo エリーちゃんがカードに描いてくれたイラスト「足のたくさん付いている片付けロボット」発想や色使いが素敵!!

そんなロボットがあったら念々も欲しいなー。

合掌   坊守―住職の妻―

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種まき&球根植え

今月中旬、空になったプランターを見て、住職が言った。

「食べられるものを育てたい。」

そして、育てるのの簡単なハツカダイコンの種を買ってきた。

気候を考えるとギリギリだ。春に蒔くように「二十日」では収穫できないかもしれない。

でも、自分で育てたものを食べるのは、念々(娘)にとっては初めてのこと。

どうか、霜が降りる前には収穫できますように。

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私は、チューリップの球根を植えた。

咲くのは来年。この時期に植えるのは、花を咲かせるためには冬の寒さが必要だからだそうだ。

土の中で寒さをも糧にして春にきれいな花を咲かせるチューリップ。

私なんて、壁にぶつかるとすぐに胃痛や頭痛になってしまう。

チューリップからも生きる力をいただこう。

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合掌   坊守―住職の妻―

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パパママ

今月はじめ、念々(娘)が5歳になった。

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5歳になった日、念々が宣言した。

「今日から、パパ・ママって呼ぶね。」

今までは「お父ちゃん・お母ちゃん」。

パパママと呼ばれるなんて柄にもない、と思ったが、

私「とりあえず呼んでみて」

念々「ママ!」  

私「うん、悪くない」

住職も「呼んでみて」

念々「パパ!」  

住職「うん、悪くない」

というわけで、パパ・ママと呼ばれるようになった。

ところでなぜ突然パパママと呼ぶことにしたのか聞くと、

「だって、保育園ではみんなパパママだから。」とのこと。

娘よ、少数派でもいいじゃないか。

世の中には、少数派でなければ見えないこと感じられないことが沢山ある。

安易に多数派に転がるような人になっちゃあイケナイヨ。

なんてね。

合掌   坊守―住職の妻―

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法座/ボランティア

土曜日は常例法座(法話会)だった。

ご講師は、本山の布教専従員であり山口県のお寺のご住職、江口先生。

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お念仏「南無阿弥陀仏」は“声の仏さま”―というお話しだった。

「ナンマンダブ」と阿弥陀様に向かって、この私がとなえているように思われるお念仏は、実は、

阿弥陀様が私の声となり、「ここにいるよ、必ず救うよ。」と私に知らせて下さっているという。

「ナンマンダブ」を日常的・無意識的におとなえしている私だが、一声のお念仏さえいい加減にはできない、と緊張した。

月曜日は、(毎月第4月曜におこなう)特別養護老人ホームあそか園にて、繕い物のボランティア。入所者のお洋服の名前付けやほつれを直すこと等をしている。

つくづく、一針一針が有難いご縁だと思う。

参加して下さっているご門徒の誰もが感謝の中で仕事をさせていただいている。

Photo 念々(娘)は、皆が仕事中、お絵描き。

合掌   坊守―住職の妻―

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アサガオⅢ

この夏、沢山の花をつけて朝の玄関先を明るくしてくれたアサガオを、ついに先週、片付けた。

採集しきれないほどの種をつけてくれた。

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この種を来年また蒔く予定だ。多少花は小ぶりになるかもしれないが。

連綿とつながる「いのち」のこと、

土・水・太陽等の「ご縁」によってその「いのち」が咲くこと、

それらを念々(娘)に伝えたい。

ところが、片付けから一週間後、アサガオを片付けたプランターから、なんと双葉が!

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片付けた時にこぼれたものだろう。生命力があるなぁ。

花をつけるかわからないが、育ててみよう。

「アサガオさんまた来年ね。」とお別れしたのに、なんだか拍子抜け。

合掌   坊守―住職の妻―

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鉄道と養老温泉物語(長編)

「千葉県民なら、小湊鉄道といすみ鉄道に乗って養老温泉に入ろう!」

という住職の提案で、日帰り家族旅行へ。

五井駅で「小湊鉄道ドロップ」を購入。

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さあ、小湊鉄道に乗ります。

620 気動車!

1両!!

かわいい!!!

626 気持ちの良い秋の風を受けて進みます。

631 坊守は愛機「ニコンF3」(フィルムカメラ)でも撮影。

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五井駅弁「かまとろ丼」をいただく

小湊鉄道の終着駅、「上総中野」。

645 念々(娘)走る!

そして、いすみ鉄道に乗り換え。

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660 秋の空だなぁ。

いすみ鉄道の終着駅「大原」に着いたら、きびすを返し、また「上総中野」へ。

養老温泉までは、小湊鉄道バスで。

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帰りは「養老渓谷」駅から乗車。

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「来ないなー」

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駅舎と猫と念々。

689 「来た!帰るよ。」

690 旅のお供(おやつ)をつまんで。

694 即、ぐっすりの念々。

のんびりとしたローカル線の旅を堪能した。

刈り田にまだ残る黄金色の稲穂を眺めたり、

線路の傍らにポツリと咲く彼岸花を見つめたり、

念々(娘)と後ろの窓に張り付いて、線路の上を落葉が舞いながら追いかけてくるのを見て笑ったり。

傾きかける陽光。

その景色の美しさに、どこまでもどこまでも線路が続けば良いのに…と思いながら、

私も眠っていた。

合掌   坊守―住職の妻―

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傑作Ⅲ

親ばか日記「傑作」シリーズ。

念々(娘)の最近の傑作画を紹介します。

555 「マントうさぎ」

真ん中は何でしょう?答えは…「せみ」

553 「ぞう」

左端は何でしょう?…「さかな」です。

596 「カエルちゃん」(真ん中2匹)と「キツネちゃん」(両端)

601 「カエルちゃん」 増殖。

左下は「おとうちゃんカエル」。

599 「カエルちゃん」 さらに増殖。

593 「おゆうぎ」(女の子のダンス)

右上は太陽。上空に鳥たち。

600 「おゆうぎ」(ペアダンス)

女の子がみんな“落ち武者”のようだ、と住職。

492 「のりたけさん」

(先日の日記http://jyoukouji.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-9da4.html参照)

何故か笑う掛け時計に座っている。左下はドラムセット。

おととい、空に広がるウロコ雲を見た念々が「あ!つぶつぶの雲!!」と驚いていました。

念々のこころの画用紙にも、どんどん世界のありようが描かれているところです。

合掌   坊守―住職の妻―

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西武線スタンプラリー物語(長編)

念々(娘)と西武鉄道【プリキュア・スランプラリー】へ。

出発前に腹ごしらえ。

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練馬・大泉学園・保谷…次々とスタンプを集める。

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西武線と言えば、黄色い電車!

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銀河鉄道999の車両にも出会った!!

565 大泉学園は、アニメ発祥の地なんだって。

気が急く念々。

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所沢・田無。

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「ちょっと疲れてきた。」

ここでハプニングがあった。

なかなか出会えないという【プリキュア】のヘッドマークをつけた車両が田無駅のホームに入ってきたのだ。

もちろん、写真におさめた。そして、見送った。

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坊守:「写真撮れてよかったね!…あれ?どうしたの??」

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念々:「あれ乗りたかった…」

そして泣き出してしまった。

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「乗りたかったのに…(泣)。」

立ち直れない念々。

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「もう、お母ちゃんキライ。」

高田馬場でようやく機嫌を直し…

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ホームではハイキック!!

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終着駅、西武新宿。

588 「楽しかったー!」

反省点は、【プリキュア】のヘッドマークを付けた電車に乗せてやらず、泣かせてしまったこと。

私は、写真を撮ることが大事だと思っていた。だって、その電車に乗ってもヘッドは見えないから。

でも、念々にとっては、ヘッドは見えなくとも、その電車に乗ることの方が大事だったのだ。

577 念々は写真なんてどうでもいい、これに乗りたかったのだ。

私(大人)のエゴで、念々のワクワクする気持ちを潰してしまった。

きっと、相手が子供に限らず、私は他人の気持ちを無意識に踏みにじっていることがあるのだろう。

…そんなことも考えさせられた。

初めてのスタンプラリーは思い出深いものになった。

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合掌   坊守―住職の妻―

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布教大会・追記

前回の日記の追記。

福間先生のご法話を聞いて、何が“私のこと”としてすんなり入ってくるのか。

それは、《往生浄土》。つまり、《死》ということ。

《死》について考える時、同時に、《生きること》についても考えさせられる。

あなたはどう生きますか、と励まされるご法話だった。

合掌   坊守―住職の妻―

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布教大会

松戸のT寺さんが企画してくださった布教大会が、浄興寺で開かれた。

498 床拭き中「おかあちゃーん」という声に振り向くと念々がパシャッ!

499 準備も終わり、先生と参拝者を待つ住職と念々(娘)。

504 置き看板。

505 今日の看板には何やら落書きのようなものが…!

508 …念々の絵でした。左上の阿弥陀様は住職が描きました。

広島の福間義朝先生と、その門下生3名によるご法話だった。

福間先生は、T寺さん曰く「日本一の布教使」。

その言葉通り、(宗教的で抽象的な)難しいみ教えも、“私のこと”としてすんなり入ってきた。

そして、笑わせて泣かせる話術には、すばらしい芸を見た後の充実感にも似たものを感じた。

525 福間義朝先生

533 大爆笑に浄興寺が揺れた!

有難いご縁でした。

福間先生、松戸のT寺さん、有り難うございました。

お参り下さった方々、有り難うございました。

511 約三十名のお参り。満堂でした。

合掌   坊守―住職の妻―

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お芝居

私は芝居が好きだ。

今日は、六本木の俳優座ビルへ、友人の出演する芝居を観に行った。

493_2 演者:田中壮太郎(左)と小飯塚貴世江(右)。友人であり、大好きな役者さん。

演目は、『犬目線/握り締めて』(スエヒロケイスケ:作)。

テーマは、心の隙間を埋めるための「依存」とその狂気性。

登場人物の心の闇と苦しみが(滑稽さも交えて)次々と描き出される。

非常に考えさせられる芝居だった。

どのセリフも他人事でなく心に響き、私も十分に危うさを抱えた人間なのだ、機縁によっては何をしでかすかわからないのだ、と自覚した。

その自覚の上に立って生きるには、思慮深さと内省が必要だ。

自己中心的でないか、人を傷つけていないか、(思考も言動も)暴力的でないか、日常の中でこそ気をつけなくてはならない。

マチネー(昼)公演だったので、終演後もまだ明るかった。お芝居で高揚した気分を沈めるために、俳優座ビルを一周。

494 十余年前、同期とよく来た1階のイングリッシュ・パブHUB。

当時、向こうに見えるミッドタウンは無かった。

495 祖母ほど年の離れた大先輩にたまにご馳走して頂いた喫茶店。

497 メイク道具を揃えた「オリエンタル」も健在。なんだか嬉しい。

496 この電気屋さんは、かつては本屋さんだったなぁ。

そして、階段を下り地下鉄に入った。

合掌   坊守―住職の妻―

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ライヴ

485 念々(娘)と目黒へ。

大好きな音楽家(ドラマー)、則竹裕之さんのライヴを聴きに。

3年前、何気なく観ていたテレビで則竹さんを見て、その姿と音の美しさに魅了され、ファンになった。

則竹さんが演奏されるのはジャズやフュージョンといった大層難解な音楽だが、

則竹さんがドラムを叩くと、音楽に携わったことの無い私でも何故か楽しめる。

音楽家は宗教でいうところの聖職者、つまりお坊さんのような存在だなぁ、と思う。

私の知らないものを知り、聞こえないものを聞き、私にそれらを取り次いでくれる。

そして、楽しさや安らぎを与えてくれる存在。

浄興寺もそういう役割をちゃんと担えるようなお寺でありたい、と則竹さんの音楽を聴く度に思わされる。

484_2 則竹さんとパチリ。

念々は、おねむさん。

合掌   坊守―住職の妻―

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鴨川シーワールド

15日、鴨川のF寺さんの盂蘭盆会に家族で参拝した(住職は法話をさせていただいた)。

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千葉の平野を抜けて…房総の山道をくねくね走ること2時間あまり。

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到着!!

F寺さんからの眺めです。海を一望。

422_2 こちらはお隣のH寺さんからの眺め。H寺さんにはお野菜を沢山頂いた!

午後は、F寺さんに「鴨川シーワールド」に招待していただいた。

449 タコに釘付けの念々(娘)。

428 シーワールドといえば、シャチのショー。

430 達者だなぁ。

433 イルカも…

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負けていません。

初めてシャチやイルカの声を生で聞いた。なんとも愛らしい。

しかし、「彼らの海中の会話も、潜水艦などに妨害されつつある。」と飼育員さん。

人間の自己中心性を恥ずかしく思った。エゴは必ず他を害す。この世の現象でおおよそ自分に関係のないことなんて一つもない。

…と考えさせられた。ちょうど終戦記念日。

最後に記念写真。

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帰り道。

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4歳にして足を投げ出す念々。

453_2 有難いご縁をいただきました。南無阿弥陀仏。

合掌   坊守―住職の妻―

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初めての花火大会

8月8日、念々(娘)4歳の夏、生まれて初めての花火大会!!

念々のために、と市川のR寺さんにとても良い席を用意していただいた。

レインボーブリッジを目の前にしてはしゃぐ船橋市民(父娘)↓

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始まった!!

364 「たーまやー!」

388 「かーぎやー!」

379 はしゃぎ疲れて水分補給。

私は、地の底から響くような花火の音も好きだ。

川に囲まれた町で育った子供時代、方々の花火大会の音が風に乗ってよく聞こえてきた。

盆踊りの音頭と同じく、楽しい夏休みを象徴する音。

でも、花火の音を聞くと戦時中を思い出して辛い、というお話しを伺ったことがある。

それをふと思い出して、心に雲がかかった。

これから先の世の中で、未来永劫、花火が楽しい夏の象徴であり続けますように。

合掌   坊守―住職の妻―

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原爆の日

307 念々(娘)と目黒の五百羅漢寺へ。

原爆で亡くなった演劇人たち(移動演劇桜隊)の原爆忌法要に参拝した。

五百羅漢寺では、毎年八月六日にこの法要がおこなわれており、私は十余年前から参拝している。

今年は、戦時中から芝居を続けておられる女優・中村美代子さんのお話も伺った。

当時、演劇人たちが表現の自由を奪われ、どれほどの屈辱を受けたか、というお話。

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帰り道、目黒の行人坂を無邪気に駆け上がる念々(娘)の後姿を見ながら、

心底、平和を願った。

合掌   坊守―住職の妻―

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ゴーギャン展

東京国立近代美術館へ「ゴーギャン展」を観に行った。

《我々はどこから来たのか

我々は何者か

我々はどこへ行くのか》(1897-1898)

という最高傑作もボストンから来ている。

269 《我々は・・・》の看板をバックに。

「《私》とは、

はかり知れない無量の《いのち》から来て、

縁によって生かされ、お念仏をよろこぶ身となり、

この命尽きたらまた無量の《いのち》へ還っていくだけのものだ。」

と私は思っている。

ただそれだけのこと。でも、

だからこそ、お浄土へ往生する日まで、生きることに誠実でいたい。

自分のおこない・ふるまいが、隣の人または地球の反対側にいる見知らぬ人へも関係するものだと思って。

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宇宙の時間と比べたら人間なんてシャボン玉のようなはかなさだなぁ、と思うことがある。

それでも、人間は芸術するんだなぁ。哲学するんだなぁ。

617 4歳の念々(娘)も芸術する!

題「アリ」

合掌  坊守―住職の妻―

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小笠原伯爵邸

アルバイト時代の上司が、スペイン料理に招待して下さった。

場所は、新宿区の「小笠原伯爵邸」。1927(昭和2)年、スパニッシュ様式を取り入れて建築された伯爵本邸。

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玄関。(恥ずかしがり屋のS子は本人の希望によりお顔非公開)

まず案内されたのはシガールーム。175

ここで少し待つ。

いかんせん、私は葉巻は吸えない。

(招待して下さったUさんと)

そして、テーブルに案内される。伯爵が当時書斎として使用していたという部屋がレストランホール。

スペインのコース料理は、まるで日本の懐石料理のよう。ひと品ひと品極少量ながら、そこに一つの世界がある。

178 コースにはない「イベリコ豚の生ハム」もいただいた。

塩加減がお上品。

193  デザート前にはチーズ数種と…

202 食後のシェリー酒をいただく。

(チョイスはすべてUさんにお任せ)

お食事の後は、邸宅内をお店の方に案内していただいた。

209 サロン。お客様を招いて食事をしたという部屋。

206 エントランスのソファー。

210 2階への外階段。

美味しいお料理と非日常の空間は、まるで夢の中にいるようだった。

そして、その幸せな気持ちは、明日への清々しいエネルギーとなる。

だから、人間にとって、非日常は必要なことだ。決して虚しいことではない。

ところで…留守番をしてくれた住職と念々(娘)は、近所でラーメンをすすったのだそう。申し訳ない思いです。

084 テレビを見ながら何やらエクササイズをする父娘。

合掌   坊守―住職の妻―

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牛久大仏

数日前のこと。茨城県阿見町にオープンしたアウトレットへ、家族でドライブがてら出かけた。

浄興寺の車はジーノ(小さな軽自動車)。腰痛持ちの住職には過酷な旅路。

しかし、道中、思いがけない出会いが!

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阿弥陀様だ!!

そう、阿見と牛久は目と鼻の先。初めて牛久大仏(浄土真宗東本願寺派)にお参りすることができた。

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腰痛を忘れる住職。

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高さ120メートルだって。

いにしえの人々が、アジアの各地で、大きな大きな仏像を作って礼拝した気持ちがわかる気がした。

目的地アウトレットでは…

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サングラスの試着をして、数百円の玩具を買っただけで帰って来た。

合掌   坊守―住職の妻―

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古帛紗(こぶくさ)

この連休を利用して「古帛紗(こぶくさ)」を何枚か手縫いした。

帯のはぎれを使ったので、かたい布地に四苦八苦。とても簡単なテキストなのだが、なかなかテキスト通りにいかない。

テキストに書かれていないところをどう処理するか。何事もそここそ急所。

さて、この古帛紗(こぶくさ)は、法話会後の茶話会でお抹茶をお運びする時に使うものだ。

138_3 (今月11日の茶話会の様子)

もともとお運び役だった念々(娘)は、最近点てることに夢中でお運びには見向きもしないのだが…

1960_2 (先月13日の法話会にて)

かわいい古帛紗(こぶくさ)が出来たから、また“お運びさん”に戻るかな?

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合掌   坊守―住職の妻―

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アサガオⅡ

先週から徐々に咲き始めたアサガオ。

ところが、2つあるプランターの片方しか咲かない。

もう片方は、葉を茂らせるばかり。

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違いは、土。

花を咲かせているのは、やせた土の方。つぼみも沢山。

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葉ばかり茂っているのは、新しい培養土を入れたプランター。つぼみさえ見当たらない。

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やせた土のほうが、必死に生きて花を咲かせる!?

なんだか人間と同じだなぁ。とつくづく思う。

試練が、人生に花を咲かせる。

物質的にも精神的にも満ち足りないほうが、その人を精進させて後に魅力的にすることもある。

なんていう人生訓はいいとして。

両プランターとも、にぎやかに咲いて下さいね。

合掌   坊守―住職の妻―

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S&G

音楽に疎い私だが、これだけはよく聴いた。

15才の時に出会い、こころの形成に大きな影響を与えた「サイモン&ガーファンクル」。

私にとっては初めての、そして(恐らく)最後の、彼らのコンサート。

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(東京ドームへ行ってきた)

サイモン&ガーファンクルを聴くと、15才の自分にすっと戻る。

15才の自分と現在の自分…二人の自分が共存し、各々が喜びや悲しみや悩みを抱えて、サイモンとガーファンクルの歌に聴き入る。

…不思議な感覚だった。

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(公演プログラム)

合掌   坊守―住職の妻―

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レンズを向けてしまうモノ

蒸気機関車が好きな私を住職は「鉄子(鉄道好きな女子)さん」と呼ぶが、

私はSLが好きなだけ。鉄子ではない。

…と思っていたのだが、昨日遊びに行った姉のアパートで、こんな景色を前にした時にレンズを向けてしまう自分がいた。

057 上り線と引込み線の共演。びゅーん。やったー。

さらに、よくお世話になっている新京成の車両内にこんなプレートを見つけると、やはり、撮ってしまう。

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今度は「ニコンF3」で撮ろう、とまで思ってしまう。

「自覚」って、難しい。

合掌   坊守ー住職の妻ー

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アサガオ

先月はじめ、知人にアサガオの種をいただいた。去年とれた種だそうだ。

1907 皮をやわらかくするために一晩水につける。

皮を破って双葉が出てきたのは、種を蒔いてから1週間後くらい1957

ツルがビュンビュン伸びて、3週間後には…こんなに伸びた!

040 ツルをどう導こうかな。

花が咲いて種ができたら、その種を大切に保管して、来年、その種を蒔こうと思う。

切花を買うだけじゃ知ることのできない「いのちのつながり」。

念々(娘)にも教えてあげたい。

合掌   坊守ー住職の妻ー

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道端のさくらんぼ

今、そこここの桜の木の下に小さなさくらんぼがたくさん落ちている。

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高校生の時分、友人と学校の附属図書館のベランダから手を伸ばしていっぱい採って食べたことを思い出す。

天下の女子高生があえて食べるようなものではないのだが、

厳しい寮生活で好きなものが食べられなかったから、こんなさくらんぼでも美味しかった。

夢中になって食べた後、口の中が真っ黒になっているお互いを笑い合った。

そんな小さな思い出が、早足で歩く私をふと立ち止まらせてくれる。

合掌   坊守―住職の妻―

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お待ち受け法要(坊守編)

「お待ち受け法要」とは、2011年にお迎えする「親鸞聖人七百五十回遠忌(親鸞聖人が往生されて750年の法要)」に向けての行事だ。

千葉市文化センターで行なわれた。

500人のお念仏の声は、心強く、より有難く、耳に入る。

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散華。

富山のお寺から「雪ん子劇団」が来て、心温まるお芝居をして下さった。

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浄興寺も子供会を作りたいなぁ。

住職は、受付や…

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(手持ち無沙汰?)

法要では笙の演奏。

1878

電気コンロは演奏の際、笙を温めるのに使う。

本山・京都西本願寺を中心に、全国各地で大遠忌に向けての準備が進んでいる。

大遠忌のスローガンは、親鸞聖人のお言葉、

「世のなか安穏なれ」。

非戦・平和をはじめ、社会や人間がよき方へ向かうよう、働きかけてこそ、大遠忌法要の意義があるのだと思う。

合掌   坊守―住職の妻―

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傑作Ⅱ

念々(娘)の最近の傑作を紹介します。

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ラッパを吹く念々

1865

カエルくん10ピキ

1862

のび太くんとしずかちゃん

1826

念々と手をつなぐ忌野清志郎(いくつかの追悼番組を観るうちにファンになったようだ)

みんなニコニコしているのがいい。

つくづくと眺めて、なんだか、

ありがたいなぁ、と思う。

合掌   坊守―住職の妻―

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門前の小僧

「門前の小僧習わぬ経を読む」ということわざがある。

念々(娘)はというと、お晨朝(朝の読経)は毎朝寝坊助。

法話会では…

058 法話をしている住職の周りを、チョロチョロお邪魔虫。

054 坊守が「生活の中の仏教用語」を紹介している時は堂々と寝そべってお絵描き。

そして、

062 恩徳讃の唱和中は、伴奏係の住職の頭にウルトラマンの人形を乗せる。

困ったものだ。

母親の私としては、ご門徒方に「さすが門前の小僧!」と言っていただきたいものだが、それは親のエゴ、

思い通りにはいかない。

念々が立派に読経できる日を夢見つつ、

本当にお念仏をよろこぶ「こころ」が一番に育って欲しい、と願う。

合掌   坊守―住職の妻―

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日本カメラ 6月号

「日本カメラ 6月号」(発売中)の「ライカで散歩/北井一夫」という連載に、浄興寺報恩講の様子が掲載さてれいる。

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北井さんは、ひたすら礼拝する門徒さんらの写真ばかりを選ばれたそうだ。

ご本尊も僧侶方も写っていない。

それでも法要の厳粛さが伝わる。

写真とは、そういうものなんだなぁ。

「(表現・作品としての)写真は説明的であってはならない」と聞く。

こういうことなんだなぁ。

ちなみに、雑誌には掲載されなかった写真を先日いただきました。こちらもいい写真です↓

http://jyoukouji.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-7bbf.html

合掌   坊守―住職の妻―

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気長太郎

アスレチックのつり橋をなかなか渡れず、引き返そうとする念々(娘)。

念々は、できない事はすぐにやめてしまう。そんな念々にいつも、

「気長(きなが)太郎さんになって、根気よく続けましょうね。そうすれば、いつか必ずできるようになって、賢く愉快な人になりますよ。」

と話し聞かせている(“気長太郎”:羽仁もと子著『子供読本』より)

そのくせ、こういう場では「大丈夫だから早く渡りなさい!」と念々に少しイラついてしまう自分。

040_5   

気長太郎さんになるべきは、私のほうでした。

042_4 ようやく渡り始めたら対岸から男の子が!!揺れる橋にへっぴり腰の念々。

合掌   坊守―住職の妻―

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コーヒーミル

ゴリゴリゴリ。

1818

我が家にコーヒーミルがやって来た。

ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ。いい音だ。

携帯電話や掃除機、最近出した扇風機・・気づけば電子音やモーター音に囲まれて暮らしている私達。

その中で、コーヒー豆を挽く音が、とっても心地よく響く。

これぞ、生活の音。

合掌   坊守―住職の妻―

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FMラジオ

真夜中に目が覚めた。

FMラジオから、忌野清志郎のLIVE録音が流れていた(我が家はラジオを小音でつけて寝る)

気づくと聴き入っていた。

ファンだという自覚はなかったが、たまらなく悲しくなってきた。

大の清志郎ファンである住職の影響もあるだろう。

多くの人と同様、私も、清志郎の発するメッセージを、確実に受けていたということだ。

放送が終わりに近づくにつれ、空が白んできた。

合掌   坊守―住職の妻―

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写真家・北井一夫さん

写真家の北井一夫さんが、去年12月の浄興寺報恩講に、撮影にいらした。

月刊誌『日本カメラ』の連載「ライカで散歩」の撮影、とのことだった。

西船橋の、本堂18畳ほどの小さな寺で、報恩講が厳修される、ということに興味を持って下さったようだ。

掲載は『日本カメラ 6月号』、5月20日発売)

雑誌には使われなかったプリントを北井さんよりいただいた。

北井さんのオリジナル・プリントだから、かなり貴重なもの。

報恩講当日撮影に協力して下さったご門徒方、そして北井さん、どうも有り難うございました。

519_2 念々(娘)が膝枕していただいているのは、ご門徒Iさんです。お隣はEさん。

本当の孫のように可愛がって下さり、感謝しています。

合掌   坊守―住職の妻―

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新緑

浄興寺の小さな新緑たちです。

505 ロウバイです。

504 ケヤキの盆栽です。

合掌   坊守―住職の妻―

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どのアミダ様がひいおばあちゃん?

「中尊寺の阿弥陀様に会いに行こう!」と4歳の念々(娘)を連れて、世田谷美術館『平泉』展へ行った。

488 ポーズはやはりウルトラマン。何故なのか?

先日亡くなった祖母について、念々に、「ひいおばあちゃんは阿弥陀様になられたのよ」と話していたためか、

「みーんな、いーっぱい、ひいおばあちゃんの、アミダ様、見てたね。」

と嬉しそうな念々。終了間近で大盛況だったのだ。

「でも、どれがひいおばあちゃんのアミダ様???」

沢山の仏像さまを拝見して念々は少々混乱気味である。

「こういうやつ?こういうやつ?」といくつかの仏像のポーズを真似てみせた。「念々はこういうやつがいいな。」と浄興寺の阿弥陀様(来迎印)のポーズをしてみたり。

住職が、

「全部の阿弥陀様がひいおばあちゃんでもあるのよ。東西南北上下、至るところに、恒河沙(ガンジスの砂の数の如く無数)の阿弥陀様がおられるのよ。」

と答えると、

「じゃあ、アミダ様を包丁で切って分けちゃったの?」と聞いてきた。どうやら、沢山の阿弥陀様と聞いて、ケーキを切り分けるのをイメージしているらしい。

それに対して住職は、

「仏さまは、本当は目に見えないんだよ。」と答えていた。

仏像というのは仮のお姿であり本当の仏さまは“はたらき”である。わかりやすく例えるならば、万有引力。目に見えなくても必ず「ある」もの。

“はたらき”も“還相廻向”も4歳の念々には難しかったようだ。当たり前か。

仏さまの“はたらき”や、人の気持ちなど、目に見えないものを大切にできる感性を育ててやりたい。あらゆる子どもにおいて。

合掌   坊守―住職の妻―

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浄興寺 花まつり

先週の土曜日は浄興寺の花まつりだった。

477 毎年、花御堂を仏具屋さんが貸して下さるので、小さな拙寺の誕生仏(お釈迦様)も見栄えがする。

花まつりといえば…甘茶作りには毎年苦労する(茶葉は漢方薬屋さんでお取り寄せ)

熱湯に適量の茶葉を入れると数十秒で甘みが出てくる。ところが、もっと甘くしようと茶葉を取り出さずにいると、たちまち苦味に変わってしまう。

臆病者の私は早めに茶葉を出した。何だか間抜けな味になってしまった。

他のお寺でいただくような、深い甘みのある甘茶を入れられるようになりたい。

それから、浄興寺の花まつりも子どもたちの集える法要にしたい。

住職と考えていこうと思う。

478

甘茶をいただきながら茶話会。二杯目ほうじ茶にする人続出…おかわりしたくなるように精進せねば。

402 おまけ。

先日芽吹いたケヤキの盆栽も順調に葉を大きくしています。

合掌   坊守―住職の妻―

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おばあちゃんのお葬式

おばあちゃんのお葬式を終えた。

死化粧は家族にして欲しい、という遺言から、娘(叔母)・嫁(私の母)・孫達(私達)化粧道具を持ち寄り、ほどこした(とても綺麗になった)

また、あたしが死んだらお経は孫婿に、という遺言から、住職導師のもと、親戚一同がお経本を一生懸命見ながらお勤めをした。

「通夜・葬儀は、亡くなった者だけのためにあるのではなく、生きている私達が仏法をいただく機会でもある」という住職の信念に同意して、会葬者全員に読経と法話が終わるまで着席していただいた。

久しぶりに会う親戚や町会の方々が皆温かな表情をして帰られたように感じられ、嬉しかった。

ただ、今回の葬儀を担当してくださった葬儀屋さんがおばあちゃんの遺影や法名立てを片手でぞんざいに扱う姿は(親戚一同が見て気になりつつも黙っていたが)不快だった。

最後、喪主の父が挨拶をした。まず、地域へのお礼。そして最後は、「皆で助け合って生きていきます。」と締めくくった。

そうだ。決して高望みをすることのなかったおばあちゃんのことだから、子供や孫達が「助け合って生きていく」ことを一番願っているだろう。

大きなことを成し遂げることよりも、身近な人を思いやり助け合って生きること、それが一番大切なことだと思った。

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南無阿弥陀仏   合掌

坊守―住職の妻―

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浅草生まれ

父方の祖母が先ほど亡くなった。87歳。

今月5日の日記が残っているので、本当に急なことだった。私が最後に会ったのは、お正月か。

いわゆる内孫(二世帯住宅だが)だった私は、本当に身近な存在だった。

坊守になってから初めての身近な人の死である。

悲しいし寂しいが、胸が裂けるほどではなく。

涙が止まらないが、嗚咽というよりは、静かにぽろぽろと大粒のものが落ちるというかんじ。

おばあちゃんは仏さまになられた、とすんなり思えた。

030 今年のお正月。撮影は曾孫の念々。

おばあちゃんは、大正時代に浅草に生まれた。母親(つまり私の曾祖母)は娘義太夫だったらしい。その影響か、芸事が好きで、私も小学生の時分に踊りや民謡を教わった。

関東大震災で三ノ輪に逃れ、戦争で亀有に逃れ住んだという。大変な時代を生きたと思う。14年前に亡くなった布団職人のおじいちゃんを支え、慎ましい人だった。

私達孫にとっては、いつも優しい絵に描いたような「おばあちゃん」だった。二の腕や腿がやわらかくて、なすの味噌煮や肉じゃがが上手で、入れ歯をはずして絵本を読んでは私達を笑わせた。

雲が好きで詩的なところもあり、里見浩太郎や氷川きよしやSMAPが好きでミーハーなところもあった。

やはり、「ひ」がうまく発音できなかった(江戸っ子だね)

おばあちゃん、ありがとうございました。

お浄土で阿弥陀さまとひとつになられて、もうすでにこちらに還ってきて、生きている私達に、はたらきかけておられるのかな。

南無阿弥陀仏

合掌   坊守―住職の妻―

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芽吹きⅡ

先日のロウバイに続き、ケヤキの盆栽(栃木のS寺さんからいただいたもの)も!!

257 ピントが変なところに合ってしまっているが、写真中央のぼんやりと緑色のものがそれ・・だが、もうちょっと葉が大きくなってからまた載せマス・・。

そして、プランターの黒竹(クロチク)には竹の子も!!

261

ちなみに私の好きな格言に「見えないところでつながっているのは竹だけではない」というのがある。

合掌   坊守―住職の妻ー

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花まつりとバオバブ

いつも大変お世話になっている佐倉のE寺さんの花まつりへ。

花まつりとは、お釈迦様のお誕生日のお祝いで、子どもたちが中心となるお祭りである。

お寺に子どもたちが集う風景はなんともいいものだ。

お寺に子どもたちの声が響きわたるのはなんともいいものだ。

209 誕生仏の頭上に甘茶(お釈迦様が誕生された時に降った甘露の雨を意味する)を注いだあと、甘茶をいただく念々。

211 トンネルゲーム。手前はE寺のひょうきんご住職。

213 制限時間内に高い山を作るゲーム。須弥山の如し。

219 島渡りゲーム。島を移動させながら目的地まで。

223 50音で単語を作るゲーム。大人も真剣。

228 定番ふうせんゲーム。

233_3 E寺婦人会特製チラシ寿司。

239 「ののさま」と書かれている!子供たちは仏さまのことを「ののさま」と呼ぶ。

243 午後の法要中、子供たちは庫裏で工作時間。誰よりも熱中している私を撮影したのは娘の念々。

その後、住職と念々を残し、私だけ先に失礼した(E寺さんにはいつもご迷惑をおかけしています)

そして、映画「バオバブの記憶」を観に東中野へ。

アフリカ・セネガルの村の大家族の日常を撮った記録映画。樹齢何百年何千年というバオバブと共に生きている人々。大地を耕し雨を待つ姿、純粋な樹木(精霊)信仰の姿に、普遍的なヒトの営みの原風景をみて感動した。

200_2 ちなみに右のポスター「小三治」は先日観た。高座から下りている時の小三治師匠はインテリで可愛く何より粋で、益々ファンになった。素晴らしい記録映画を上映し続けているポレポレ東中野。来年秋には友人の作品(「祝の島」)も公開予定だ。

合掌   坊守―住職の妻―

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3センチ角の生キャベツ

念々(娘)には好き嫌いのない子供に育って欲しいと思いつつ毎日の食生活を送ってきた。

特に、野菜好きになって欲しい、と願って。

結構苦労した。

その結果↓。

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角切りキャベツをバリバリと!!

ある日突然生キャベツブーム到来。毎日、3センチ角の生キャベツを、バリバリムシャムシャ食べる食べる。決してここまでは望んでいなかったのだが。

今日なんて、住職が夕飯用に下準備しておいてくれたキャベツまでバリバリと…。(食べないでぇ~・・と住職の悲鳴)

お行儀の悪さを注意しなければ、と思いつつも、念々が野菜を食べる姿は嬉しいもので。

あと2切れ食べたらとめよう、あと1切れ食べたら注意しよう…、となかなか止めさせられない。

最近は「これはなんか甘い。これはなんか苦い。」と生キャベツを批評する念々。

素材の味のわかる人になって欲しい。食べ物以外でも。

合掌  坊守―住職の妻―

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仏さまの展示

昨日、郷土資料館にて。

展示物の石仏に手を合わせる子供がいた。

152 思わずカメラを取り出し、撮影させてもらった。

本来なら道行く人々の心のよりどころであったはずの路傍の石仏さまは、ここ数十年の開発で行き場をなくし、郷土資料館に寄贈され、展示されている。

来館者の中に、これらの石仏さまに手を合わせる人がどのくらいいるだろうか。

ほとんどの人は、ただの展示物として、しかも、地味な展示物としてしか、これらの石仏さまを見ないのではないだろうか。

「これは神様だから、ちゃんと手をあわせるんだよ。」少しだけ大きな子が小さな子にそう教えていた。

この子供たちの純粋さに胸が熱くなった。子供たちにとっては、展示物なんかじゃない。神様なのだ。

(本当は仏様だが、この場でその違いを語るのは野暮だろう)

たちまち友達になりたくなり、話しかけた。聞くと、近くの施設で暮らしており、いつも小学3年生の子が1年生の子を連れて遊びに来ているという。

様々な事情で普段は自分のお家では暮らせない子供たち。

資料館のエントランスにある大きな地図を指差しながら「ぼくのおうちはここ!」「ぼくの前の小学校はここ!」と嬉しそうに教えてくれた。

この子たちが、一日も早くご家族と幸せに暮らせる日が来ますように。それまでは施設で沢山の素晴らしい友達が得られますように。

来週から東京国立博物館で「阿修羅展」が開催される。「阿修羅ファンクラブ」なるものまで発足しマスコミでも賑やかに宣伝している。私も楽しみだ。

が、阿修羅さまは、仏さま・信仰の対象であることを忘れたくはない。美術鑑賞品ではないのだ。

郷土資料館で石仏さまに合掌していた小学生の姿をこころに留めていよう。

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阿修羅様と写真を撮りたいと言って、なぜかウルトラマンのポーズを決める念々(娘)。

合掌  坊守―住職の妻―の日記

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芽吹き

ロウバイが芽吹きました!!

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一昨年、門徒さんが種から発芽させたものをいただきました。

二度目の春を迎えます。

合掌  坊守―住職の妻―の日記

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子供の発想力

先日、私と念々(娘)の前をスズメがちょんちょんと横切って行った、その時…

念々が「スズメさんはハトさんの妹?」と尋ねてきた。

こういう質問は答えに窮する。可愛らしい発想を否定したくはないが、本当のことを教えてやらなくてはならないから。

子供の発想といえば…念々のお人形遊び。

ここにいくつか紹介する(すべて念々の一人遊びで、大人の手は加わっていない)。

093 まずは、ふつうにおうちの中。

094 おうちに飽きて、お外でお食事。何故か洗濯物のもとで。

092 かくれんぼだって。ティッシュの後ろは絶好のかくれ場所、と思ったら耳が出ている。

200902201903000どこかからプラスチックケースを持ち出してきて。お風呂。この後、服を着せるのは住職の仕事(めんどくさいことは住職にさせる娘)。

102 すし屋のストラップ人形が遊びに来たよ。

お絵描きも好きな念々。最近取り付けた火災報知器をじーっと観察して、「火事ですくん」というキャラクターを生み出した。

138

4歳の念々を見ていると、幼い頃の自分がよみがえってくる。

私も、お人形遊びやお絵描きにおいて、無数の物語を作っていた。その中に憧れをいっぱい込めて。

だから、念々の一人遊びの声にじっと耳を傾けようと思う。念々は世界をどう見ているのだろう。何に憧れて何を欲しているのだろう。

合掌  坊守―住職の妻―

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二月大歌舞伎

先日、浄興寺が「西船橋布教所」から「浄興寺教会」になったお祝いとして、総代のIさんが住職に歌舞伎観劇をプレゼントして下さった。ところが住職に用事ができ代わりに私が行くことになった。本当にラッキーである。

歌舞伎座さよなら公演「二月大歌舞伎」!!

ゆえにキャストも脇の脇に至るまで人気者。

200902241619000

この建物の構えを見上げただけで血がさわぐ!

演目は、3つ。

【蘭平物狂】は、三津五郎の抜群の舞と大立ち回りが見もの。お咎めなしのハッピーエンド、賑やかで楽しい演目だった。

【勧進帳】は、言わずと知れた名作。山場、問答の場面は凄みがあった。思わず、手のひらが痛くなるほどの拍手をしていた。そして最後、吉右衛門扮する弁慶が花道を六方で去ってゆく場面では、涙が出た。富樫(菊五郎)が弁慶に手を振る姿も心を打たれた。

私は今回の鑑賞で、「勧進帳」のような松羽目物の様式劇も好きなんだ、と自覚した。お能も楽しめるだろうか。

【三人吉三巴白浪】は、黙阿弥作。七五調のセリフが面白い。お嬢吉三(玉三郎)の「やくはらい」という名セリフでは客席も盛り上がった。玉三郎の台詞回しというか、声の響きは、とても色っぽくて可愛らしい。引き込まれる。

日が経っても、しばらくは夢心地だった。

歌舞伎に劣らないくらい感激したのは、Iさんの手作りのお弁当。

200902241809000 上等なお弁当箱に、一品一品手間のかかった(であろう)彩り豊かなおかずの品々。

一番手前の、ごまをまぶしたおかず、作り方を今度教えていただこう。

折にふれ、このような素敵な体験をさせていただいている私。感謝とともに、きちんとお寺へ、そして、ご門徒へ、還元していかなくてはいけない。そう感じている。

合掌  坊守―住職の妻―

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ふきのとう

「春は苦味を盛れ」 昔からそう言われている。

苦味を口にすると、なんとなく、もうじき暖かくなるなぁという感じがする。

昨日、ご門徒のIさんにふきのとうをいただいた。

夜、早速天ぷらにした。

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旬のものをいただき贅沢な気分に浸り、春よ来いと浮かれてしまった私だが、

ふきのとうにしてみれば、これからという「いのち」を食べられてしまったのだ。

ああ、私が生きている上で「おかげさま」は尽きない。

今日は今年初めてじんちょうげの香りに気づいた。

合掌  坊守―住職の妻―

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ダウンタウンヒーローズ

私が高校生の時分、何度もビデオで観た映画の一つ、山田洋次監督の『ダウンタウンヒーローズ』。

内容もさることながら、テーマ曲が大好きでした。

シンプルで美しいメロディーに孤高なるトランペットの演奏、それがとても胸を打ったのです。

先日、そのことをふと思い出し、CD「山田洋次監督作品サウンドトラックコレクション」を買いました。

久しぶりに聴いた「ダウンタウンヒーローズのテーマ」は、音楽の細かい表情まで記憶のままで、とても感慨深く何度も聴き返しました。

この曲を聴いていた高校生の時分、人生というものに対して、とても真剣に誠実に向き合おうとしていました。

ところが、大人になるにつれて、ひとつひとつの事象に対して心を致さなくなってしまったかもしれない、と思いました。

それと同時に、自分の人生にワクワクしていたその気持ちもよみがえってきて、なんだか励まされました。

初心に帰る。

「ダウンタウンヒーローズのテーマ」は、初心も初心に帰された一曲です。

合掌  坊守―住職の妻―

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船橋市写真展

1年前から、念々(娘)の日常を写真に撮り続けている。

その中から、通園の様子を組写真にして、船橋市写真展に出品した。

船橋市教育委員会と船橋市写真連盟主催で、今年で30回を数える、歴史あるコンテストだ。

なんと、審査員特別賞をいただいた!!

077 受賞作品と記念撮影をする念々。

技術的なことを言えば、私の写真はひどいものだ。

でも、船橋市写真展の審査員の先生方は、上手い下手で判断しないという。

撮影者が、撮影対象をどう見たか。その人らしさがあるか。

そこを見るという。

写真はその人のまなざし、ということだろう。

当分は、念々を中心に私的なものを撮るつもりだが、何十年か先には、社会的な、普遍的なものが撮れるようになっていたい…

という欲も出てきた。

合掌  坊守―住職の妻―

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浄興寺のお正月

謹賀新年。2009年初の坊守日記です。

浄興寺(西船橋布教所)は、他の寺社のように年末年始に門徒さんが参拝に来られることはありません。それどころか、私達が築地本願寺に除夜の鐘をつきに参った年もあるほど。

でも、ちゃんとやっているんです、除夜会と元旦会。今年も家族だけでおつとめしました。

あとは、寝正月。

三日は、知人宅での新年会に家族でお呼ばれ。

043_2築地本願寺「紫水」のおせち

045薩摩藩島津のお殿様のお雑煮

その他、載せきれないほどのご馳走(おせち以外は手作り)をいただきました。

家族の仕事始めは、「浄興寺だより」の発送作業。

046_3

そして、若手僧侶の新年会に家族で参加。「空飛ぶ電車に乗りたい!」という念々(娘)のリクエストに答えて、帰りは千葉のモノレールに乗りました。

Photo が、車内は至って普通の車内

初法座には、ご門徒のIさんが手作りのおしることお餅をご用意下さいました。

044_4 台所にて温め中。念々(娘)は、餅焼き係。

042_2 絶妙な甘さと塩加減は大好評。Iさんご馳走様でした。

そんなお正月でした。

ハレの日はおしまい。さあ、日常が始まります。

今年も、日々を大切に、お念仏をよろこび、感謝の日々を過ごしていきたいです。

合掌  坊守―住職の妻―の日記

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シルバニアファミリー

わたくし坊守にとって「家族」というのは、少々大げさかもしれないが、人生のキーワードだ。余談だが、母校では創立以来八十年、5~6人の班のことを「家族」と呼ぶ。「高校1年1組のA家族」というように。この伝統も好きである。

子供の頃憧れたオモチャは、シルバニアファミリーというウサギの家族のお人形とお家。筋金入りの「家族好き」である。

その憧れのオモチャが、知人から送られてきた。026_4

もちろん、念々(娘)へのプレゼントなのだが、私も童心にかえり、興奮した。

しかも、大家族である!!

027

じゃーん。

私は子供の時分に買ってもらえなかったが、今でもワクワクする、夢のあるオモチャだ。念々よ、大切にするんだよ。あなたの子供に譲れるくらい良いものなんだから。

連日シルバニアファミリーで一人遊びをしている念々だが、たまに「ほいくえんきらーい。おやすみするー」「いかなきゃだめよ」「やだぁ」…という声が聞こえてくる。

ずいぶん現実的なごっこ遊びだなぁ。

合掌  坊守―住職の妻―

P.S. Uさん、有り難うございました。

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ヘンデル『メサイア』

テレビで、ヘンデル(1685-1759)の名曲『メサイア』の特集を観た

高校時代に歌った懐かしさから何気なく観始めたのだが、にわかに感動が押し寄せ、涙があふれてきた。そんな私を見て、念々(娘)が一言、

「おとなでも、かなしいこと、あるの?」

と不意の質問。「違うの。悲しくて泣いているんじゃなくて、感動して泣いてるの。」と、なんだか慌てて答えた。すると、「かんどうってなあに?」と念々。つくづく、子供の質問は難しい。私は感動も吹っ飛んで絶句。

感動の源は、喜び・悲しみ・切なさ…日々の様々な感情だ。素晴らしい芸術に触れたときに、それらが感動につながるのだと思う。そう考えると、悲しくて泣いたというのも違わないかもしれない。

テレビを観終えて、本棚から『メサイア』の楽譜を探し出し、久しぶりに開いてみた。014

012

高校2年生当時(16年前)にはさんだと思われる落葉を見た途端、またまた涙があふれてきた。

合掌  坊守―住職の妻―

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報恩講前夜

報恩講準備・台所編です。

一階の本堂ではお磨き(住職の日記「ホウオンコウ・イヴ」参照)をしている一方、台所では「おとき弁当」の下準備です。

念々(娘)が包丁に初挑戦!!007_2

私だったら「忙しいからあっちに行っていなさい」と言ってしまうところを、 Iさんはとても丁寧に教えて下さり、おかげさまでとても上手に使えるようになりました。

お手伝いしたい盛りの4才、どんどんさせるべきでした。

ついには、念々に仕事を取られてしまった私。トホホ。

(というわけで、私は写真撮影係です)

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いよいよ報恩講です。

合掌  坊守―住職の妻―

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後世へ遺すもの

国立歴史民俗博物館の映像フォーラム「海を渡った仏教―儀礼と芸能―」へ行ってきた。

200811291603000

薬師寺花会式・春日大社咒師走り・興福寺薪御能など、奈良の伝統的な行事を大スクリーンで観た。

行事のダイナミックさ・荘厳さは然ることながら、それを支える、「堂童子」や「講」と呼ばれる地域の職人・商人・信徒の力や伝統的な技術にも感動した。

そういった「支える人々」にスポットを当てたフォーラムだった。

儀礼や祭りを執り行うのは僧侶や神職といった聖職者だが、経や祝詞や雅楽といったテキストだけでは儀礼や芸能は成り立たない。

それらを支える職人や信徒の力があってこそ、伝統は守られてきたのだ。

もうひとつ。

ここで観た芸能や供物は中国や朝鮮半島から伝来したものだが、韓国人Y教授(広島大学)曰く「韓国では廃れてしまった文化が日本でそのまま保存されている。そのことに感激した。」と。

ご縁と、伝承と、個々の精進なくしては良きものは守られないのだ、と思った。

私は後世に何を残せるだろうか。

技術も何も持たない私だけれど、せめてお念仏を伝えられるように、日々を大切に生きよう。

合掌  坊守―住職の妻―

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芸術の秋

先週、私は芸術週間でした。

まず、知人に歌舞伎のチケットを頂き、観てきました。

歌舞伎は高いから、年に1度観るのがやっと。今年はもう観られないと思っていたので、有難いことです。

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演目は、鶴屋南北の作品と、京和事の二本。

南北の作品は、人間の煩悩が生み出す悲劇。この演目での仁左衛門の不気味さは絶品。本当に恐ろしかったです。

京和事の藤十郎の芸も、絶妙。何度も声に出して笑いました。

そして、週末は、母校の美術展へ念々(娘)と出かけました。

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幼稚園から大学まで、学校の敷地全体が展示会場。昭和初期に建てられた校舎を、今でも大切に使っています。

どの生徒の作品も素晴らしく、純粋なものに触れたような、清々しい気持ち。

それにしても、十代の多感な時期を過ごした場所をいま自分の娘が駆け回っているという景色は、感慨深いものがありました。

 

合掌  坊守―住職の妻―

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パンの贈り物

和歌山の友人からパンが届いた。

遠くに住んでいてなかなか会えない友人だけれど、意外な贈り物でいつも私を喜ばせてくれる。

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食パン・黒糖ごまパン・メロンパン・クリームパン・ライ麦パン(生姜と胡椒入り)・ベーグル・じゃがいもパン。

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ライ麦パンは、うちでとっておきのオリーブオイルをつけていただきました。

ところで。

私は誰かを喜ばせることに積極的だろうか。

いや、与えてもらってばかりのような気がする。

パンを送ってくれた友人のように、おせっかいでなく恩着せがましくなく独善的でなく、人に喜んでもらえるような人になりたい。

でも、すぐになれるものではない。

それはきっと、日常のどんな小さな事に対しても、思いやりをもって誠実に取り組むことによって、いつしか身につくものなのだろう。

 

合掌  坊守―住職の妻―

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念願のお抹茶お運び

あの「念々(娘)の涙」から2週間。

―お参りにいらした門徒さん方にお抹茶をお出しするのを楽しみにしていたのに、

不覚にもお昼寝から起きられず、皆さんが帰られた後に悔し泣きをした、あの涙から2週間―。

(「念々の涙」参照)http://jyoukouji.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-42ec.html

やっと念々の念願が叶いました!10月の法座では、お運び役をつとめました。

Photo_2 お抹茶を点ててくださるのは、Tさん。

法話会の直前に階段で転び、ソファーで横になっていたのに、お茶の時間になったら、すっくと起き上がりお運びをつとめる念々。

普段は消極的なのに、何故かお茶をお出しすることだけには積極的な念々。

子供の個性は親にとっても不可思議です。ちゃんと見てやり、伸ばしてやりたいものです。

日々勉強。

合掌  坊守―住職の妻―

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家族で参加

夕方、研修会から帰ってきた住職が「またすぐ出かけます」と。僧侶方とお食事のお約束だって。

「行かないで~。念々も行く~!」と娘。

200810181804000

十数分この状態。

よくやく振り切って玄関を出たと思ったら、住職が戻ってきて、

「良ければご一緒にどうぞ、って連絡があったよ」

というわけで…

200810181853000

家族で参加。

場所は京成線沿線の某串H。バーべキューかと思うくらい串がデカい。ご主人の心意気が素敵。

お食事会は冗談バトル。私達夫婦は笑ってるだけ。でも、冗談の中にも、すごく勉強になるポイントがある。

このような先輩方に住職は救われているんだな、としみじみ。有り難いことです。

そんなわけで、今夜は家族でご馳走になってしまいました。

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楽しいお食事会のメンバー(K寺ご夫妻・E寺ご住職とご友人)

「ごちそうさまでした!!」

合掌  坊守―住職の妻―

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虫の声

念々(娘)がオナラをした。

続けて住職もオナラをした。

私はしなかった。

それで何気なく、

「お父ちゃんのオナラとお母ちゃんのオナラ、どっちが好き?」

と念々に聞いてみた。

念々答えて、

「おかあちゃんのオナラ!だって、おかあちゃんのオナラ、虫が鳴くオナラだから。」

そうなのです。わたくしのオナラは虫の声なのでございます。

秋ですわねぇ。

合掌  坊守―住職の妻―

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念々の涙

浄興寺総会が終了し、門徒さん方が帰られた頃。

階段の上から、昼寝をしていたはずの念々(娘)の、しくしく泣く声が。

見ると、目を真っ赤に腫らした念々が睨みつけている。

昼寝の前、「念々がお茶どうぞするから起こしてね」と頼まれていたのだが、

お茶出しの時にいくら起こしても起きなかったのだ。

お手伝いしたい盛りの、もうすぐ4歳。

門徒さん方にお茶をお出しするのをよほど楽しみにしていたのだろう。

そんな泣くようなことじゃ…、とは言えないよね。

来月は、思う存分、お茶を運んでいただきましょう。

合掌  坊守―住職の妻―

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泣きっ面

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デゴイチ

先週、デゴイチ(D51蒸気機関車)に乗りました!!

坊守感激

だのに住職と娘は無関心…

合掌  坊守―住職の妻―

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待機中のデゴイチ。

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